俺が死んでからにしてくれ!

村から町になり、町が合併して市になり、区域が指定されて、田ばかりでも住宅区域に指定されて、税金も農地ならぬ住宅地並に課税されるようになった。

これでは堪らない、みんなで「道路のない地では価値がない」
価値を上げるには区画整理をしようと、若い世代の総意で声をあげた。 当時の私は40代だった。

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       明治時代と変わらぬ道路のない農地ばかりだった

ところが年寄りの家が猛反対した。「先祖の土地のひと株でも育つ土地は、減ることには反対だ」

「俺が死んでからにしてくれ」」

反対の声が強く、泣く泣く断念した。あきらめて隣の農家さんに、二束三文で自分の土地は買っていただいた。

~それから、まさに40年近くが経ち、反対の老人も逝き、ふる里に自然がなくなるーーと
いう理由の人も代替わり、都市化の波には勝てず、また税負担も大きく、大きく整理事業が進んで、
まもなく完成をする。

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また新しい街になり、そこに住む人にはふる里ということになる。
白い雲のように、時も、環境もすべてが変わって行く。三代相続すると財産が失くなるという時代。金と地所は天下のまわりもの・・・・・・

それでいいのだ。


廃藩置県で土地売買が可能になり、明治の半ばに地検図が描かれ、終戦後の農地解放により大きく所有者も変わった。家族形態も変化、親と暮らさず独立した家を持ち、住宅事情は増えるばかり、金利も安く、アパートの賃貸家賃で家が持てる時代が来たのだ。







この記事へのコメント

グランマーあいこ
2017年03月30日 19:56
 当地でも昔から何代も続いた地主さん達は 自分の代で財産を減らさないようにと 田畑や山を手放さずに居たようですが 仰る通り相続税の関係と農家を継ぐ後継者が居なくなり 大手の不動産会社に売り渡し 今ではマンションが立ち並んでいます。

昭和43年に東京からこの地の高台に移り住んだ頃には 本宅マンションや今住んで居るあたりまでは田んぼでした。

春先から夏に掛けては夜になるとカエルの声が煩い位でしたが 今は野草の採れる空き地も少なく成ってあぜ道だった所も舗装された道路になって居ます。
yoshiyuki
2017年03月31日 05:36
あい子さん。

やはりそうでしょうね。
都心に近い県周辺では、農業は無理でしょう。

ふる里の環境は大きく変わります。
もう、セリ、土筆が出る場所がなくなり寂しいです。春の作業がひとつ減っちゃいました。

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