テーマ:中国

久しぶりの中国の話題 来年の夢ができた

20年前に日本に来た中国の友人A君。奥さんは日中混血児で中国語はペラペラ。 「おじさん、私の旦那に日本語教えてちょうだい!中国語を知らない人から教えた方がいいから・・・」 という願いで日本語を教えた。そのような関係で以来のお付き合いがある。 その彼の故郷からお兄さんが来て、我が家に寄ってくれた。そこで、恐る恐るの中国語…
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雨水 草木萌え動くとき

中国は旧正月。春節といい、一年の一番の休息日。 そのせいか、いつもは誰かがコールしてくれるのに、誰もQQチャットでも声をかけてくれない。 やはり手持ち無沙汰でどこか寂しい。           チューリップも芽が伸びた。 暦も「雨水」と書かれている。 雪が雨に変わる季節でもあるというのだ。 そして、水…
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今日は”大寒”

今日が暦では峠の大寒。ここを過ぎればゆるやかに春に向かう。 センター試験も終えた。 ここで人生が決まるわけではい。受験生諸君、頑張ってください。棺桶に足突っ込んだ時までが勝負だ。 時間はある。 中国のWyホームページをしばらくぶりで覗いたら、中国のお若いお嬢さんからコメントが届いていた。 日本の精神が好…
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草の根交流

何人かお世話した中国からのお嫁さん、家庭状況はいろいろであるが、生活はまずまずであるのに、母親さんが大の日本びいきの方。ご自身も娘時代は着物姿に笠をさした写真を撮ったくらいの大フアン。 娘さんを就職先の南の企業から帰郷させて、日本人とのお見合いに備えさせたという周到ぶり。その甲斐もあり、ハルビン工業大学卒の秀才、嫁いで数年なのに既…
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北京へ

北京に行かねばならない用事が出来た。 久しぶりの北京への4日間であった。 昔は朝鮮半島上空が通過できなかったから、上海まわりで4時間を越す距離であったが、今は韓国上空が通過できるので、一眠りの時間で到着が可能となった。 タクシーも強盗よけの運転席を囲った柵もほとんどのタクシーからは撤去された。 ゴミも吹き立つこと…
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中国旅行・ハルビン・牡丹江 その2

Mさんのお父さんが満鉄社員で独身時代の勤務が牡丹江であったという。 Mさんの父が過ごしたかもしれない面影を追う。まだ残された満鉄社宅を訪ね、その廃屋に近い姿に驚く。しかも住人がいるのだ。 日陰で屯している老人から声が飛んだ! 尖閣列島のような日本人に対しての非難の声かと思ったら 「こんな家でもまだ住んでいる中国人もいる…
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中国旅行 ・ハルビン・牡丹江

7月24日に中部空港から新潟に飛び、新潟からハルビンへ・・・・・珍しく帰国後に腹痛で苦しみ、やっと回復した。 YS11以来のプロペラ機。思うほどの振動もなく快適な空の旅。 新潟はまだ梅雨明けでないのか、どんよりして梅雨空の感、日本も各地で集中豪雨でどこかおかしい。 新潟からは中国南方航空に乗り換えていよいよハルビン…
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春節のプレゼント

昨年、牡丹江にてお世話になったガイドの任さんからプレゼントが届いた。 10日からの中国のお正月、すなわち春節だ。その日のプレゼントが贈られてきた。中国の有名な切り絵、福の字、福が来るように特に選んでくださったようだ。 福の字が逆さまに貼ってあるのが中国の家庭の玄関。何やら福を反対にした発音からくる語呂合わせのよう。理由は…
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満一歳のかけ橋 りゅう君

私の満州時代の幼ともだちの汪翆栄、彼女の縁者が日本に居る。私との縁を頼りに市内に住み、そのひとりは結婚。 旦那さんは北京大学から名古屋大学へ、それで日本のトヨタ系列に就職した。 その二人の間に生まれたのが「りゅう君」だ。満一歳を迎えて我が家に遊びに来てくれた。 しまった聡明そうな容貌、頭が大きくて、中身は優秀な脳ミ…
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青島ビールと青島の街角

青島はドイツ領から第一次世界大戦に参戦し、遼東半島全体を日本が収めたという、深い歴史を持つ都市である。 ドイツ時代からの有名なビールの製造地。 いまも「青島ビール」チンタオ・ビールとして、中国はおろか、日本でも知らない人はないほど有名だ。 100年を越す歴史を持つ工場を見学した。 この日、尖閣列島に国有化する…
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今も残る関東軍 温春飛行場の格納庫

ガイドさんとメールの往来で、牡丹江の隣の温春鎮に、関東軍温春飛行場の格納庫が現存していると教えられていた。 今度行ったときに連れて行って下さい、とお願いした話が実現した。 正式には、「中国空軍牡丹江副基地」というような位置らしい。 施設はこれ以外は何もないが、今も空軍の管理下で、この格納庫前を通り、基地官舎の門…
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海林遊覧 東北虎園

虎はこの地方とシベリア一帯に生息した。 その虎のサファリーパークと行ったところ、過去二回ほど見学しているが、中国一の規模と言う。 ガイドさんが言った。「貴方たちが外国人だからエサ代も高いのです」 一羽の生きたニワトリ150元で、虎の群れに与えてもらった。 ニワトリを放つ自動車が近づいただけで寄…
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海林・遊覧 映画城

前から一度見たかった映画城、日本で言う映画村、時代背景が古いのがみそ。 記憶にある今はどこにもない農村の古がここでは復活する。 藁屋根の低い土壁の家、寒さ対策から小さな窓、家を囲む板、杭の囲い、このような家ばかりだった。昔が蘇り嬉しく声を上げた。 番犬代わりのアヒルが警戒心と闘争心むき出…
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海林 遊覧

海林は牡丹江衛星都市として発展中だ。 道は大きく高速道路のように広く、ここに今から企業が入る。 10年経ったら浦島太郎となるだろう。思う存分な都市設計が出来るのが中国国家の強みだ。 大好きなガタガタと走る三輪タクシーもここでは健在で、チップと一緒にマイルドセブンを運ちゃんに進呈したら、Vサインがなぜか裏…
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海 林

牡丹江の隣、海林鎮と言う中国でも知られていない小さい街。 ここを忘れられない人が居る。 知人の三重県のMさん、話は終戦後の20年9月、敗残日本兵を収容した関東軍海林兵器廠のソ連軍収容所。 彼の父親がここにあった弾薬庫の一棟が、臨時陸軍病院となり、ここで死亡した。         小さい街に似合わない五つ星ホテル …
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青島から東北へ

出立ちは久しぶりに雷雨であった。今回は青島経由で中国東北へと行く。 晴れとなったが、空港も濡れていた。 天気快晴、順調に日本海を渡る。 青島市は大きい街だ。なんとなくおしゃれな街という雰囲気。喫茶店ストリートなどは、まさに東京のどこかの一角の感じがする。 コーヒー店、コーヒ…
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残暑厳しく

オリンピックもかなり消化された。 男女レスリング、女子サッカーに最後のメダルを期待。 かたや、昨日から炎天下で高校野球大会が甲子園で始まった。 終戦記念日、原爆記念日、甲子園が夏の三代季節語となった。これで夏も秋に向かいつつある。 9月になれば敬老会。 来年で満77歳で出席の通知が来る立場。 9月に再度行く海…
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密山への道

前はガタガタの道路だった。中国の道路で零下20度の地では、アスファルト舗装は使わない。全部がコンクリートなのだ。    密山周辺は穀倉地帯、日本からの開拓団も多く入植した。 このようなことも、時の流れ、見、聞きした人がこの世から去れば、歴史の彼方、忘れられて行ってしまうのか、寂しい気がする。        飛行…
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思い出の密山へ

何度でも通いたい「ふるさと」への道であるが、外国だけに悲しい。           時代は移り飛行場が鶏西にできた。 この線路を通って1945年、ソ連軍の迫る影におびえながら密山を後にした。二度とは帰れないだろうと思ったのだが、私はふるさとに帰ることが出来た数少ない幸せな男だ。       …
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旅先で突然!

旅先で突然、朝の事、足が腫れて痛くて見ればパンパンに膨れていた。 なにがなんだか分らぬが、虫さされ?挫いたか?または他の・・・と考えたが、痛風か? 呑まない男が何故?尿酸値を下げる薬を飲んでいるのに・・・・・ 鶏西紅十字病院に行き診断。血液検査は合格。それは薬を飲んでいるからだ。 限りなく「痛風」と診…
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鶏西市

満州時代は鶏寧といった。 この界隈では牡丹江に次いで二番目に大きい中心地。 私の半年間のホームスティ先の家族、お母さんが残留孤児の縁で知り合い、それを縁に「うちにおいでよ」と息子の部屋を譲ってくれた。 息子も大きくなって、はるかに私を超えた。   駅前の雑踏は相変わらず、いくら見ていても飽きない。…
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牡丹江から鶏西へ、火車の旅

今回は牡丹江から鶏西へ汽車旅を選んだ。 何度か来ていたが、汽車旅は久しぶりだ。 親父に連れまれて来た時は、もう遠い過去、覚えていることもないが、津島の佐藤さんとは二度来たが、元満鉄マンは早くも鬼籍となられた。 あれ以来、今回は牡丹江国際旅行社の若手ガイドの任ちゃんがパートナー、いきな計らいをしてくれるものだ。孫の世代だ…
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黒竜江省・海林市 報恩寺

巨大な宗教 仏教施設で驚いた。 衛星画像でも広大な面積に豪華な建物は想像していたが、実に驚きの施設だった。黄金の甍の波、朱色の建物に、黄金の仏像。 日本なら、本山に匹敵する規模。これが共産党が支配する中国の宗教施設。浄財にて建立されたのだろうが、ネットで見れば縁日には何十万と言う信者で境内が埋め尽くされる。 宗教はある…
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海林市

牡丹江市の隣、ほとんどが地続きのような「拉古」の街に寄った。かつて国境方面から逃げ遅れた邦人が、収容された民間人の収容所跡を訪ねる。 ガイドの説明では、この河の少し上流の位置に収容所は存在した。 あるNET上でも収容所跡を尋ねた訪問記によれば、この河でよく洗濯をしたと、回想録に綴られていた。現在は、汚れた中国独特のどぶ川…
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牡丹江空港

牡丹江へ飛行中に、積乱雲を見た。積乱雲の高さと同じ位置で、きっと、あの中は凄いことになるのだろう。 牡丹江空港は一応国際便が飛んでくる空港である。 牡丹江市街の上を飛んで大きく旋回する。その音を聞いて迎えに出ると丁度いいということを、土地の人に聞いた。 海もないのに海浪空港ともいう。日本でも海がない岐阜県の瑞浪市、…
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我が故郷へ

今年も牡丹江、鶏西中心の我がふる里への旅が実現した。 岐阜のNET仲間のU氏との旅だ。彼も牡丹江を生まれ故郷としている。 韓国経由の初フライト。牡丹江へは直行便がないから、どこかを経由しなければならない。 コリアンエアラインにてインチョン空港に寄る。空港のパフォーマンスで、結婚式パレードを見る。ハブ空港を目…
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マイウェイ12000キロの真実

マイウェイ12000キロの真実 観客が6~7名ほどの入りの状況であったが昨夜映画を見た。 「マイウェイ12000キロの真実」という東映が配給の韓国映画。主人公は日本の俳優のオダギリ・ジョーなのか韓国のチャン・ドンゴンなのか、ともに有名なスターなのだ。 韓国の監督の目に一枚の写真が目にとまった。そこからストーリーは展開す…
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牡丹江に突入した避難列車

昨年、6月のこと東満に旅をした。 その時に牡丹江に架かる浜綏線の鉄橋の跡を訪ねた。橋の両岸を守った関東軍守備隊のトーチカが見たかったからだ。それは、あまりにも頑丈で、現在もなお、そびえていた。         牡丹江を渡る満州鉄道 トーチカにはソ連軍に砲撃された砲弾の跡も生々しく残っていた。 この橋にまつわる記事をコ…
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大より好かった小興凱湖

興凱湖をみると天橋立のような細い半島で、大興凱湖と小興凱湖に分かれている。 中国のネットで検索して、以前から一度行きたいと願っていましたが、今回は念願が叶いました。 小興凱湖に巨大な遊覧船が浮かんでいて驚いた。 聞けば小興凱湖の方が深いのだそうだ。 有史前から人が住んだ形跡が表れたという、ここから出土した品々…
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旧満州 国境を訪ねて You Tube

あまりに暑いので、家人の一番ウルサイのが(一番心配してくれる人)外に出たらイカンという。 それをいいことに、やりかけの動画を編集して、You Tubeにアップした。 旧東安飛行場の待避壕、壊せないから畑の中にいくつも点在している。迷惑な戦争遺跡であろうが、中にはトイレとしてご利用なさる人もみえるから、平和な利用にもお役に立っ…
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