テーマ:戦争

71年前疎開児童が殉難

2016年1月15日、軽井沢町地内国道18号線の碓氷バイパスで、スキーツアー客を乗せていたバスが、ガードレールを破り転落、15人が死亡する事故が起きた。 ツアー客は大学生を中心とする、将来ある若い人ばかりであった。 思えば1945年の71年前、昭和20年1月13日のこと、多くの小学生が、「三河地震」で宿泊先の寺院が倒…
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戦後七十年 渥美半島と戦争展

先の大戦終結より七十年の節目の今年。渥美半島が戦争に関わった資料展が開催された。 伊良湖岬の先端は、”名も知らぬ遠き島より流れよるヤシの実ひとつ・・・♫”島崎藤村が書いた詩情豊かな「椰子の実」の舞台の、岬の恋路が浜も、かつては陸軍の一大試射撃場であり、新しい砲を試射、弾着点の観測所、気象、監視、通信などの幾つか…
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護国神社へ参拝

遺族会の行事として県の護国神社に参拝をした。 いつもは他人に譲っていたが、今年は避けきれず参加した。顔を忘れられたり、久しぶり!のお声かけていただいたり、中には忘れちゃうよ、と脅されたりするが、仲間はいいものだ。まさに戦友だ。 明治2年5月尾張藩主徳川慶勝侯が、戊辰の役に戦死した藩士等二十五柱の神霊をお祀りして「旌忠社」と号…
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殉国七士廟を訪ねる

少年時代を満州で過ごした友人たちと、日本の中央にあたる愛知の三ヶ根山山頂の戦没者祈念碑のご案内をした。 比島戦没者中心の慰霊碑の数々。なかでも一番関心を抱いたのは「殉国七士廟」。 改めて所在をご承知いただいた。 宣伝もしていないし知らなかった方は当然だ。 敗戦の後、戦勝国の連合軍により通称東京裁判により、七氏がA級戦犯と…
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「遠い約束」を見て

事実の積み重ねによるエピソードは、確かに多くのことが共有できた。 戦後の親なし子たちの集団生活、孤児院は見たことがなかったから言えないが、悲惨さは想像がつく。あの寒さから逃れるために、背丈ほどの雑草を刈り、わら布団を作った。 大人と女性が頭を働かせてこその知恵であった。 みんな暖房のために草刈に出た。家計の足し…
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8月15日

今年も来ました8月15日。 暑い時期なので神社に変えてから、なんとなくお参りされる人が少なくなった気がする。 いままでの慰霊碑の前でテントの方が愛着があったのかは、簡単には決めかねることだ。 高齢化といえば確かにその通りであるが、そればかりではない。 8月15日という日を、街行く人に、特に若者は日本と戦った相手の国さ…
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はや立秋

連日の暑さにかまけているうちに立秋となった。 今日からの季語は”残暑厳しく”とうたわねばならない。 秋といえばコスモスだ。毎年咲くコスモス畑をのぞいたら、きちんと一輪咲いていた。体内コンピューターは間に合わせていてくれた。 敗戦後69年目の夏が来る。思い出したように戦争のドキュメンタリーが放送される。広島原…
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滿蒙開拓記念館

今年の春に長野県飯田市にオープンした「滿蒙開拓記念館」を満州仲間4人で見学をする。 貧村を多く抱えていた当時の長野県は満州に開拓団を送り、狭い農地から憧れた多くの農民は満州(現在の中国東北地方)に将来を夢見て海を渡った。 ソ連侵攻で難民となった邦人、中でもひとりの女性が、奇跡的に地獄の逃避行を生き延び、独力で中国残留婦人の帰…
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満州の丘に立ちて

昨夜はTVで、ロシアに住み戦友の霊を弔う抑留経験がある85歳の男が、追悼の”満州の丘に立ちて”を歌う番組を見ました。あれから68年・・・というナレーションに改めて過去になったという実感を感じる。 不幸にしてこのような歌があることを知らなかった。 早速Youtubeにて検索したら、加藤登紀子をはじめとしてたくさんの歌曲がヒットする…
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マイウェイ12000キロの真実

マイウェイ12000キロの真実 観客が6~7名ほどの入りの状況であったが昨夜映画を見た。 「マイウェイ12000キロの真実」という東映が配給の韓国映画。主人公は日本の俳優のオダギリ・ジョーなのか韓国のチャン・ドンゴンなのか、ともに有名なスターなのだ。 韓国の監督の目に一枚の写真が目にとまった。そこからストーリーは展開す…
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間もなく上映 ”太平洋の奇跡”

この映画はサイパン島玉砕の後、日本軍がゲリラ戦で米軍を悩ませた「大場 栄」という大尉の物語。 何よりも凄いのは原作となった「タッポーチョ」というアメリカ側が書いた本が基本となっている。 「タッポーチョ」は1982年に出版された。著者は元海兵隊員のドン・ジョーンズ氏、サイパンで戦闘の体験がある人。内容は日本軍が玉砕の後…
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宇宙戦艦ヤマト

孫のKoー君と話題の映画を見に行った。宇宙戦艦ヤマトだ。 最新の日本映画が実写化された話題作。アニメがCG化されて、ハリウッドの「スターウォーズ」にどこまで迫ったかという関心が一番、 二番は、大和と聞くとどこか眠っているものを呼び覚ます血のたぎり、日本の旧国名を命名した世界最大の戦艦として建造されたこと。 三番…
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ある従軍兵士の見た中国 展(安城歴史博物館)

           松花江に浮かぶ江防艦 「広寧」 三河の片田舎から出征した兵士が上海、満州・ハルビンと赴任、それぞれの赴任先の戦闘、風景、民衆の風俗など写した写真を持ち帰り、南方戦線で戦死を遂げている。 非公開アルバムには、上海事変としての戦闘シーンで、惨たらしくて公開できない写真もあることだろうが、ハルビン近くに赴任の…
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吉良・養泉寺慰霊碑 訓練中に殉職した勇士たち

 戦況も悪化しだした昭和19(1944)年12月30日、海軍の一大基地であった三重県鈴鹿航空隊から飛び立った軍用グライダーがあった。      九六式中攻 写真:Wikipedia それは第1001海軍航空隊所属のク8ー2型滑空機(グライダー)で、第二鈴鹿海軍航空基地を発進した九六式中攻による伊勢湾一…
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「歸國」

「歸國」 古い字だ。特に「歸」の字は、若い人はなんと読むか一瞬迷うだろう。 これは、英霊たちがあの世に行ったときには、この字だったのだ。帰国した英霊が迷うことの無いようにという、倉本聡氏の英霊に対しての配慮であろうと、コラムニストの天野祐吉氏が書いていた。           富良野グループ公演パンフレット つい先の終戦…
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2010年8月15日

12時に日本武道館で戦没者追悼式、平坂神社では旧平坂町出身者の戦没者追悼式が行われた。 甲子園では次世代の若者が、健康で平和な象徴のスポーツで大勢の観衆を沸かせている。 お盆の最後の日。お盆は盂蘭盆の地獄の釜のふたが開くと言われる日でもあり、この世を訪れた死者が、今日明日の送り火で再び帰る日なのだ。            …
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猛暑・酷暑の夏 ヤカンから水をさして苗を植えた

終戦の日は、きょうちくとうが真っ赤であったと言われている。 その日が近いことをきょうちくとうからも見ることができる。 朝から日差しがきつい。今日は何度だろうか? 中部地方は35度を越す猛暑日が一週間続いたと報じた。昭和17年以来のことだという。 戦後、引き揚げてきて、爺ちゃんの農作業を手伝いできる年齢の頃、 「…
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抗日戦線老兵の歳月

昨夜、NHKハイビジョンで中国・国府軍の兵士としてビルマで日本兵と戦った、いまは中国の老人たちの今日を描いたドキュメンタリーを見た。                 中華民国・国府軍 中国からの志願兵がインドで米軍の訓練を受け、米軍の最新兵器でビルマの日本軍と…
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愛知県戦没者追悼式

平成21年度 愛知県芸術文化センターにて 国歌斉唱、黙祷、追悼の辞(県知事ほか) 献花 で厳かに挙行された。 次に遺族大会が引き継ぐ、 1、総理、閣僚の靖国神社参拝 1、国立追悼施設設立を断固反対する 1、戦没者遺族に対しての処遇を国家理念で改善せよ 1、友好、慰霊、収骨事業の促進 以上を決議し、各方面に訴…
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