テーマ:三河

豪雪地帯になっちゃった

滅多に降らない地域と自慢していたら、昨夜から一気にドカッと降った。 土曜日であったから出勤の方々は難を逃れたが、センター試験の彼らが気の毒であった。 久しぶりの雪、子供のようにカメラを持って写しまくった。 「雪やこんこん、あられやこんこん ♫」と、鼻歌を歌ったら、婆さんが「最近は、雪はこんこーーですよ!」 …
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みかわ伝承 いが饅頭

「いが饅頭」を伊賀饅頭とも書くこともあるようだ。 三重・伊賀からの伝承説もあるが、三河は昔からこの饅頭はよく出ていた。 三河の中心、岡崎あたりは伊賀八幡宮があって、伊賀八幡宮は三重伊賀から勧請した宮だ。その伊賀からのいがに因んだ元祖説を唱える。 昔はどこの家もごつい形ではあるが、三河の家庭ではこの時期に作られた。 …
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新しい大動脈は白かった

2月13日に新しく豊田東から静岡の西部まで”新東名”がつながった。 そこでエンマ様に報告のネタ仕入れに10日後の昨日、一区間走ってみた。まだ新しいので何もかもが「白い」という印象がある。 ==今回、新たに開業した新東名の浜松いなさJCT~豊田東JCT間について、1日あたりの交通量は平日で約4万3000台、休日で約4万…
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市政60周年記念

三河の商都と呼ばれて岡崎の五万石の上をゆく六万石の城下を誇ったわが町も60年を数え、石坂浩二が「私と吉良さま」と題した記念講演を行った。 合併で人口も17万人を数えるが、モータリゼーションで鉄道が退潮で、賑わった名鉄ビルも縮小。解体工事が始まっていた。        思い出多い名鉄ビル 変わって新しく五階建…
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エンマ大王に会って来た

冥界の主宰者である閻魔王は、地獄の主として君臨していると言われる。 ウォーキングで閻魔堂の前を通ったら、赤、青鬼が呼び止めた。 堂内をのぞいたら、今まさに大王は地獄の帳面に記入するところだった。エンマ帳というやつだ。 閻魔大王の裁きによって、地獄の行き先が決まる。 もう今更改心したポーズも通用しまい、お見…
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清流の味覚 鮎

日本人として憧れる清流に泳ぐ鮎、久しく食べていないなあという話題から「明日行こう!」と決まった今日の事、 尋ね訪ねて三河の山中に、静かな店を選んで入店。     岡崎市中金町長沢東26  滝山荘        夢に出そうな鮎の山盛り 日本人ここにあり!      …
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我が家の前の道 伊能忠敬が測った!

市広報が配布されてきて、今月の号に目がとまった。 市内の”古を探る”というコーナーで、伊能忠敬の市内調査とあった。 これによれば、第七次の調査は文化八(1803)年、西日本の調査を終えて、美濃、三河に入った。 平坂湊から平坂村の古居八右衛門宅前から楠村・羽塚村・住崎村・そして城下に入り、須田・本町・横町の深谷宅まで…
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岡崎桜まつり&家康行列

五万石の城下町岡崎、家康という天下人の里、春のさくら祭りに家康行列がある。 1000名に近い歴史絵巻の武者行列、家康から 足軽に至るまでが桜の下を歩む。 さて家康行列は江戸時代に徳川四天王の一人、 本多忠勝を祀る神社の祭典としてはじまった。 岡崎藩の武士たちが隊列を組んで鍛錬…
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学業の神・岩津天神と梅苑

うぐいすが時折啼いている。今年は寒さで大幅に梅の開花が遅れたというが、咲いたニュースも聞き、岡崎・岩津天神と梅苑に行った。 丁度入試も終わり、絵馬が成就した喜びの声を伝えている。 そう言えば我が家も一人が就活中、ひとりは新しい修行先へと、それぞれの出発の年なのだ。 寒の戻りも和らいだ一日…
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旬の三河湾の”あさり”

縦じま模様が同じ柄はないといわれるアサリも今が旬、節句の頃が一番身が大きくおいしい時期という。 この貝はアジア一帯に分布しているという。国内産だけでは加工などには足らず、北朝鮮、中国からの輸入もある。輸入後は、土地の潮で「蓄養育」という方法で馴染ませて、OO産という産地に化けて出荷されることもあったと聞く。 …
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1000年前の郷が陽の下に

隣の上矢田町の東出の遺跡が発掘、公開された。 中国の景徳期の宋銭も出土した。 昔から、早くから拓けていた地としては、藤原宮の木簡で、矢田の郷として知られていた。 どこかから出土するとは思っていたが、1000年の時を経て、ついに陽の目を見た。 「竪穴住居」と時代を経た「掘り立て柱住宅」の二通り、…
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三河文化めぐり

友人とのんびりと三河の文化を見学し、精神リフレッシュの一日を送った。 珍しく寒い冬の中で、温かい一日だった。 親鸞が布教によって、三河に真宗をひろめる機縁となった「柳堂」国宝 平安期に矢作川流域の一大宗教基地であった「北野廃寺跡」 法隆寺の塔に匹敵するという塔の跡 礎石に広大な規模を頭に描く、鳥…
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樹齢1000年の大楠を訪ねて

蒲郡に買い物に行きながら、孫に1000年樹齢の天然記念物へ案内した。 おじいちゃんが元気なのは、この木からパワーをもらって、脈々と木の生命力をいただいて、そのお陰で元気でいられるんだよと、孫に伝えたら孫も「私もいただこう・・と」千年の樹皮を撫ぜていた。 幸せをもらってくれよ。 日本は古来から、古い木や、山、…
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小原の四季桜と紅葉

今年こそは一度見てみたいと決めていたが、やっと、実現した。 潮風には近い位置から同じ三河の山間へ。 棒の手の発祥の猿投神社の前を通過する。農民の武技である棒を使った武術。矢作川を上流から下流の西尾まで、農民の武術は伝承されたのだ。 母なる川矢作川が生んだ文化だと、昔を偲ぶ間もなく小原地区へ、 全村に植…
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吉良・養泉寺慰霊碑 訓練中に殉職した勇士たち

 戦況も悪化しだした昭和19(1944)年12月30日、海軍の一大基地であった三重県鈴鹿航空隊から飛び立った軍用グライダーがあった。      九六式中攻 写真:Wikipedia それは第1001海軍航空隊所属のク8ー2型滑空機(グライダー)で、第二鈴鹿海軍航空基地を発進した九六式中攻による伊勢湾一…
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