吉良上野介の善政 「黄金堤」

昭和の初めに、当地方の歴史教科書の「副読本」が発刊されて、郡内の小学校ごとに学校区内の由緒ある対象が詳しく載っている。 その古い副読本の写真が気に入った。 天下に悪役で名を売った吉良上野介義央が、地元では善政を行った事業のひとつ、「黄金堤」の写真だ。 黄金堤とは貞享3(1686)年、水田を洪水から守るべく吉良義…
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節分 恵方巻き

2月3日は節分。季節の分かれ目、明日は立春で暦は春。 だが豆まきよりも「恵方巻」の方が節分を乗っ取ってしまった。 巻き寿司を丸かじりだけという他愛のない行事。そこに方角をつけて、今年はどの方角が吉と定めて、しかも無言で、巻き寿司を切らずに食べる。”切る”は縁を切るとかで、切ることに不吉を感じさせるとか。 今年は…
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よっしっ、中国に行けるぞ!

「先生、食事に行きましょう」 先生!と呼ばれるバカでなし。 だが、中国から来たM君は私を「先生」と呼ぶ。普通に中国の人は尊称として「先生」を付ける。 彼は二十年前に、日系中国人の娘さんの婿さんとして来日した。奥さんは日本語に問題はない。 「おじさん、中国語が分からないおじさんから、うちの旦那に日本語を教えてくださ…
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暖冬異変

大寒、一番寒い時候とされている。 前日から雪と予報通りに、昨日は初雪だった。 初雪が横殴りの雪で、年寄りは恐ろしくて外に出られない。”雪やこんこ”の歌詞ではないが、こたつで丸くなる種類の動物並みで、吹雪が通り過ぎるのを待った。 止めば一転青空がのぞき、みるみるうちに溶けてしまった。 このような寒い時期に、よく「雉…
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71年前疎開児童が殉難

2016年1月15日、軽井沢町地内国道18号線の碓氷バイパスで、スキーツアー客を乗せていたバスが、ガードレールを破り転落、15人が死亡する事故が起きた。 ツアー客は大学生を中心とする、将来ある若い人ばかりであった。 思えば1945年の71年前、昭和20年1月13日のこと、多くの小学生が、「三河地震」で宿泊先の寺院が倒…
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於大の里を訪ねて

家康の生母でありながら、戦国時代に翻弄された運命のひと、「於大」の里に行く機会を得た。 おだいは城主水野忠政の緒川城(愛知県知多郡東浦町緒川)で生まれた。 今は土塁が残るのみである。 尾張の雄信長と、天下を狙う今川との接点である三河と、尾張の小領主たちは、狭間に生きる荒波にもまれ、また家族や女性も同じで…
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S盤アワー

今は懐かしい「S盤アワー」、1950年代~60年代が青春を送った洋楽フアンは知らない者はいない。 犬のマークのビクターの78回転の通称SPレコードの時代だ。 終戦後の焼け跡から復興して、駐留軍向けのラジオ放送に変わり、新しいアメリカの音楽が中心にラジオで放送され、たちまちアメリカの新しい音楽に虜になった。 私はその中の、田…
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泣いても笑っても

今朝も氏神さまに行きましたら、もう元日の用意ができていました。 あとはテントでお神酒や甘酒の振る舞いを、厄年の人がやるばかり。 もう泣いても笑っても新しい年が来て、2015年は過ぎ、再び戻りません。 お世話になった方々、みなさんありがとうございました。
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平成二十七年のおかげ参り

平成二十七年のおかげ参り 「江戸時代、お蔭年に行われた群集による伊勢神宮参拝。豊作も商売繁盛も伊勢の神の「おかげ」にひっかけている。伊勢神宮に対する信仰は年ごとに高まり、庶民の間では、老若男女、貴賤貧富の別なく「一生に一度は伊勢参り」という慣習が起った 」コトバンクより 近年、わずかなお賽銭で一年の諸願を願うことが無…
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満州時代の子供が集まった

あるサイトで満州を偲ぶ人たちの集まりがあって、東海地方だけの体験者だけの集まりができた。 年代は満州の時代背景から大差ない。体験も共通している。敗戦、逃避、引き揚げ、戦後などは、百人百様の人生であるが、あの時期を過ごしたものだけが体験できる一本の見えない糸が繋いでいる。 今回は小生に幹事が回ってきた。 孫の婿が営業で働…
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歴史物語を歩く

アマゾンから届いた「歴史物語を歩く」、新聞で紹介されて注文していた。 普通に書店に頼めば10日は要する。忘れてしまいそうだが、それが宅急便で今届いた。 この田舎でもアマゾンは早ければ翌日。二日もあれば届く、本屋さんも苦しいだろうなーーー世の中、いろいろ変わってきた。 まあ、それよりも内容はそれぞれの歴史の地が、一コー…
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晩秋の紅葉に想う

もう12月というのに、まだ紅葉が美しい。 三河の山々は秋の盛り。 明らかな暖冬で、このような時期がずれてきたのだろう。 折しもパリでは世界中の国々が寄って環境会議。 報道では各国のエゴが表に出て、どうまとまるのか世界が注目している。 私たちができることは、何ができるであろうか。 …
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恵教寺・報恩講の一日

報恩講とは真宗の「開祖・親鸞上人」の11月28日が祥月命日。したがって、どこの末寺でも、大体このあたりの休みの日を選んで、報恩の講(集まり)があり、感謝と法話の法要があるのだ。 町内の寺院も昨日、今日の二日間、勤まった。 昔の話。秋の収穫も終わり、薄い座布団に座り、薄暗い本堂に障子の隙間風、揺れる小枝が障子紙に映える…
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夾竹桃が数輪咲いた

散歩中にふと見上げたら夾竹桃に、薄桃色の花が咲いていた。 今年はいつまでも暖かい。11月下旬に20度もある。 蚊がベットで羽音を立ててブーンと飛んでくる。。 終戦の日の時、真っ赤な夾竹桃が花盛りであった、と追憶の文章をよく見る。 その夾竹桃に花が数輪咲きだした。これでは紅葉はいつまでも青いわけだ。 明らかな…
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11月5日 津波防災の日

今日は「津波防災の日」 (1854年11月5日の安政南海地震(M8.4)で和歌山県を津波が襲った際に、稲に火を付けて、暗闇の中で逃げ遅れていた人たちを高台に避難させて命を救った「稲むらの火」の逸話にちなんだ日である) いつ来てもおかしくない南海トラフの津波や地震災害に備え、17万市民総がかりの防災訓練であった。 …
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マーチングバンド東海大会・・・ を見る

人それぞれ趣味は幅が広いものだ。私は柄にもなくマーチングパレードを見るのも一つだ。 小学生の時に、少しトランペットを吹いた感触がどこかに残っているのか。血と肉の一部に溶けているのかもしれない。 中には高校野球が趣味で、プロ野球などは関心がないという人にも出会った。 駅伝、マラソンも現場で見たいという同級生もいた。彼…
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今年も秋祭りが来た

子供みこしは「わっしょい!わっしょい!」と今年も巡ってきた。 息子たちが担いでその子供・・・・私からは孫もかついだ。その孫も結婚したから、長生きすれば孫の子がわっしょい、しょい、とかつぐのが見られる。 そんなに長生きしたくないーーーが、生命線が長いので、もしや見られるかも。 昔は純農村であったが、住宅地…
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今年の農業まつり

JA農業まつり。 歩いて約4キロの道のり・・・・やはり、いい運動だ! 会場間近の道路の渋滞はどこも凄い。 おじいさんの目的は、案山子とコスモス。そして記念品。 どこかの老夫婦に頼まれてシャッターを押してあげた。 尋問したら・・・・・一歳先輩だとか。やはり、俺もあのように老人か・・・・・な…
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にしお産業物産フェア を覗いて 「安城学園高校」吹奏楽コンサート

第五回、市物産展を・・・本命は安城学園特別コンサート。 浜松で前日のコンクールで金賞であったそうだ。 150名の圧倒されるサウンドは一時間が聴き応え十分。 指揮者は気持ちいいでしょう。 いい日旅立ち 愛を叫べ シンギ・シング・シング エルクンバンチェロ We are the World 窓の外には …
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秋の空に響く大太鼓の響き!

大太鼓の革張りが完成して町内にお披露目会が催された。 近いところで56年前に片側を張り替えた。片側は太鼓を新調した明治18年当時から135年以来のこと。 市内の太鼓グループも出演。魂込めた奉納太鼓も打ちこんだ。 来賓を迎え、まるで春と秋の神社祭礼に、また加わった祭りが一日増えた感じであった。…
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